2017年05月31日

次回輪読会のお知らせ

次回輪読会の日時と場所は下記の通りです。

日時:7月21日(金)18:00〜
場所:早稲田大学8号館7F立花英裕研究室
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2016年09月25日

講演会「フランス語圏で書く女性たち」

10月12日(水)にカナダ大使館で「フランス語圏で書く女性たち」と題する講演会が行われます。
詳しくは以下のリンクをご覧ください。

http://www.canadainternational.gc.ca/japan-japon/library-bibliotheque/Speaker-315478-series.aspx?lang=jpn (日本語)

http://www.canadainternational.gc.ca/japan-japon/library-bibliotheque/Speaker-315478-series.aspx?lang=fra (Français)
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2015年07月22日

ダニー・ラフェリエール、アカデミー・フランセーズ会員に就任

Dany Laferriere a l'academie francaise 2015.jpg

2013年12月にダニー・ラフェリエールがアカデミー・フランセーズ会員に選挙によって選出されたことは、世界を駆けめぐる大きなニュースになった。その彼が、いよいよアカデミー・フランセーズ会員に就任する。
それに先立ち、2015年5月26日、パリのホテル・ド・ヴィルで剣の授与式が行われた。正式の就任式は5月27日(木)にアカデミー・フランセーズで執り行われている。この作家のアカデミー・フランセーズ就任は、長い伝統を守ってきたアカデミー・フランセーズの言語観に変化が生じたことを物語っている。フランス文学とフランス語にだいぶ以前から起こっていた地殼変動が地表に現れたと言えるだろう。
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2015年07月11日

Fromager qui a survécu à l'éruption de la montagne Pelée

fromager02.jpg

Le framager qui a survécu à l'éruption de la montagne Pelée
Hidehiro Tachibana

Un botaniste français m’a amené à Saint-Pierre pour me faire voir un grand fromager. C’est un arbre qu’admirait Aimé Césaire. Dans la préface de Nègre je suis, nègre je resterai, Françoise Vergès écrit ceci :

Césaire me montra ce qui restait du théâtre, puis demanda à son chauffeur de s’engager sur la route de Fonds-Saint-Denis. Il fit soudain signe de s’arrêter à son chauffeur, dans un tournant où un magnifique fromager étendait ses branches. L’éruption de 1902 avait calciné son tronc, et on l’avait jugé perdu. Cependant, cinquant ans plus tard, des bourgeons étaient apparus, et depuis il n’avait cessé de se développer. Césaire venait souvent admirer cet arbre, vieux de plus d’un sciècle : non seulement il avait survécu à une catastrophe, mais il désignait aussi, par son renouveau, le dédain de la nature pour les catastrophes. Césaire aimait fréquenter ces endroits et rêver, écrire des fragments de poèmes. Rêver surtout. (pp.12-13)
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2015年02月23日

アシア・ジェバールの訃報

 2015年2月6日、アシア・ジェバールが亡くなった。邦訳に『愛、ファンタジア』(石川清子訳、みすず書房)、『墓のない女』(持田明子、藤原書店)がある。以下に、webに出たEl Watan紙の記事を紹介する。

・El Watan紙の記事より。
 アシア・ジェバールは、1936年6月30日シェルシェルCherchell生れの世界的作家である。作品として小説、詩、評論があり、23カ国語に翻訳されている。演劇作品も書き、映画制作にも手を染めた。2005年6月16日にアカデミー・フランセーズ会員に選出された。アシア・ジェバールは、身体的には生地から遠いところにいたが、最期までアルジェリアを気づかい、強い愛着を抱いていた。なによりも彼女の作品が、その雄弁な証となっている。
 Nadjia Bouzeghrane, El Watan, le 08.02.15. 10h00.

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 アシア・ジェバールの訃報が反響を呼んでいる。彼女の作品が20以上の言語に翻訳されていることから驚くにあたらないとしても、アルジェリアのメディアがこぞって報じたことは時代の推移を感じさせる。関連記事や匿名の読者から寄せられたコメントを読むと、大作家の死去を悼むというよりは、道半ばにして倒れた人への哀惜、彼女の困難な位置への言及が目立つ。
 図式的な反植民地主義やポストコロニアリズムの視点からは、彼女の文学は捕えにくいかもしれない。だが、反植民地主義闘争以後の現代社会と人間のあり方に正面から取り組んだ文学がここにある。アカデミー・フランセーズ会員という制度的には栄誉ある地位に就いたとはいえ、アルジェリアを去らなければならなかった知識人の代表的な一人だった。
 CEJLFの会報4号には、Yahia Belaskri のインタヴューが掲載されているが、Belaskriの経歴も参考になるだろう。
 マルティニック島在住の亡命アルジェリア人から、反響をまとめたファイルが送られてきたので、その一部を以下に掲載する。

・El Watan紙の記事より。
 アシア・ジェバールはもういない。数年前より、彼女の病気のことが文学やジャーナリズムの関係者の間で囁かれていた。それを公表する人は誰もいなかった。彼女への配慮からだが、それはまた、返す言葉がなかったからでもある。あれだけ情熱に燃え、記憶に係わってきた作家がアルツハイマー病に捕えられたことは、ギリシャ悲劇の次元に達している。〔...〕

 2005年のアカデミー・フランセーズ会員選出のとき、元文化大臣クハリーダ・トゥミKhalida Toumiの声明と2,3の新聞記事の他には、公的な追悼の言葉がなかったことを
指摘する人たちがいた。まるで、アルジェリアの女性作家が旧宗主国の制度的機関に取り込まれたことが、なんらかの恥辱であるかのようだった。作家のワシニ・アルアラジWaciny Laredjiは次のように発言していた。
「国家的誇りにすべきことだ。公的な機関、まずは国家元首が反応すべきだろう。まるで平凡なことであるかのようにニュースを取り扱う国営テレビに私は唖然とした」(Jeune Afrique, 27 juin 2005)
 Ameziane Farhani, El Watan, le 08.02.15. 10h00.

・web上にアップされた匿名のコメント
 私たちの国に、嘘でもいいから文化、民主主義、人間性のようなものがあるならば、博覧強記の人アシア・ジェバールは、自国において、哲学者として、指導的な思想家として作家的才能を活かし、そしてまた埋葬されたことだろう。如何せん、今日、身の安全のために国を離れなければならなかったのは彼女だけではない。不幸なことに、彼女のように数多くの人たちが地平線の向こうへと出発し、誰の目にも明らかな、この国の統治者たちの理不尽から身を守らなければならなかった。
 オランド大統領は、アカデミー・フランセーズ会員である偉大な女性を追悼するにあたって、フランス文化の大きな損失だと述べていた。私としては、むしろ彼女の国、アルジェリア全体にとっての文化的損失だと言いたい。たとえ、彼女がシュヌアChenouaの人、つまり、北アフリカ人がすべてそうであるようにベルベル人だとしてもである。またもや、頭脳が一つ、私たちのもとを去った。

・El Watan紙に掲載された記事より。
 映画において、アシア・ジェバールはアルジェリアの女性に言葉を与えたかった。「私は、観光映画を作りたかったわけではありません。もっと知りたいと言う外国人のためでもありません。〔...〕 映像それ自体が、反抗の潜在的な力となりうるのです。内側からのイメージを見せたかったわけではありません。それなら、私には目新しくありません。私は外側のイメージを見せたかったのです。」
 Nadjia Bouzeghrane, El Watan, le 08.02.15. 10h00.

・アカデミー・フランセーズ会員就任時のアシア・ジェバールの演説より
 フランス帝国時代の北アフリカは、イギリス、ポルトガル、ベルギーの植民地だったアフリカの他地域と同様に、一世紀半にわたって、その自然の富を奪われ、社会的基盤を破壊されました。そして、アルジェリアの場合、そのアイデンティに関わる二つの言語、長い歴史をもつベルベル語とアラブ語が教育から排除されていました。アラビア語については、その当時、私にとってですが、コーランの言葉を通してしか、その詩的美質に触れることができませんでした。
 ご列席の皆さま、私たちの祖先が、少なくても4世代の間、日々身をもって生きた植民地体制は、巨大な傷口でした。最近、軽々しくも、そしてまた選挙の浅はかな胸算用によってその記憶の傷口を開いた人たちがいました。すでに1950年に『植民地主義論』によって、偉大な詩人エメ・セゼールは力強い言葉の息吹と共に示していたのです。アフリカやアジアでの植民地戦争がいかにヨーロッパを、彼の言葉によれば「非文明化」し、「野蛮化」したかを。

・ブーテフリカ大統領の追悼の言葉
 アブデルアズィーズ・ブーテフリカ大統領が、先週金曜日亡くなったアルジェリアの小説家アシア・ジェバールの家族に弔意の親書を送った。その中で、大統領は、故人が優雅に且つ雄弁にアルジェリアのイメージを体現したと述べた。
「私は、深い悲しみと共に、世界的に著名なアルジェリアの小説家アシア・ジェバール、本名ファーティマ・ゾフラ・イマライエンヌの逝去を知りました。後に残された彼女の長い経歴は、成功に隈取られたもので、彼女はペンによって芸術と文学に高貴さを与え、その頂点を極めました。
「この才能に溢れた作家は、息が長く、豊穣な想像力を持ち、果敢で熱情的でしたが、グラヤGourayaで子供時代を送り、コーラン学舎、そして村のコレージュで学んでいます。彼女は見事に節目節目を乗り越え、バカロレアを取得するまでに至りました。粘り強く、旺盛な知識欲を持った彼女はその向上心を捨てることなく。その断固とした意志を武器として、立ちふさがる障害を進路から取り除くことによって、世界に、自由で、強く、尊敬に値するアルジェリア女性を示したのです」と、親書に書かれている。
 ALGERIE PRESSE SERVICE, le lundi, 09 fevrier 2015 09:37 (記事の著者は未詳)
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2015年02月11日

フランス語圏情報

☆ 2015年2月3日エドゥアール・グリッサンの命日に式典
マルティニック島のLe Diamant市にあるエドゥアール・グリッサンの墓で、2月3日の命日に詩人を偲ぶ式典が催されました。2月6日(金)には、Les Foudres de l'Habitation Saint-Étienneにてグリッサンを偲ぶ芸術と文化の催しが午後7時より開催されます。

☆ マルティニックが東カリブ諸国機構に加盟
2015年2月4日、マルティニックが東カリブ諸国機構に加盟しました。調印式はシェルシェール市Hôtel Batelièreにて行われ、東カリブ諸国機構Rooselvelt Skerrit議長が出席、マルティニック代表はConseil régionalのSerge Letchimy議長でした。マルティニックは10番目に加盟したことになります。他の加盟国(必ずしも「国」ではありませんが)は次の通り : アンギラ、アンティグア・バーブーダ、イギリス領ヴァージン諸島、グレナダ、セントクリストファー・ネイビス、セントルシア、セントビンセント・グレナディーン、ドミニカ国、モントセラト。東カリブ諸国機構→(英)Organization of Eastern Caribbean States(OECS)、(仏)Organisation des États de la Caraïbe orientale(OECO)

☆ フランス語圏文学の翻訳書の新刊を紹介します。
パトリック・シャモワゾー、関口涼子+パトリック・オノレ訳『素晴らしきソリボ』河出書房新社、2015年。原著:Patrick Chamoiseau, Solibo Magnifique, Gallimard, 1988.
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週刊誌「シャルリー・エブド」襲撃事件をめぐる報道

1月9日に放映されたラジオ・カナダ局の特別番組は、パリからのホットな情報と専門家による冷静な分析を巧みに組み合わせ、一歩踏み込んだ内容だった。これは、著名ジャーナリスト、アンヌ=マリー・デュソーAnne-Marie Dussautがキャスターを務める24heures en 60 minutes「24時間を60分で」というフランス語番組で、この日は2時間の特別編成だった。現時点でもサイトで観ることができる。今回の多発銃撃事件をリアルタイムで報道するテレビ番組の中でも注目に値した。
http://ici.radio-canada.ca/rdi/
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過去のフランス語圏情報

☆ エメ・セゼール生誕100周年コロックのアクト が 刊行されました。
Institut Catholique de Paris, Anne Douaire-Banny文学部長から2013年9月にスリジー・ラ・サールで開催されたエメ・セゼール生誕100周年コロックのアクト(Présence Africaine) が 刊行されたとの情報を受け取りました。ご参考までに、受け取ったニュースを以下にコピーします。
J'ai reçu aujourd'hui de Présence Africaine notre "Césaire 2013 : parole due", et je me replonge avec joie dans nos échanges. Merci à Romuald d'avoir tenu sa parole, et à Présence Africaine d'avoir accueilli ce volume dans la continuité d'une énergie rebelle et fondatrice. (Anne Douaire-Banny)

☆ 国際コロックのお知らせ
2015年11月4-6日にマルティニックのUniversité des Antilles et de la Guyaneで、国際コロック:"What is Postcolonial Thought ?"が開催されます。
案内のサイトは以下の通りです。
Call for Papers: What Is Postcolonial Thought ?
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2013年05月07日

After Glissant: Caribbean Aesthetics and the Politics of Relation

CFP: After Glissant: Caribbean Aesthetics and the Politics of Relation
(Deadline: 1/15/14)
full name / name of organization:
Kahlil Chaar-Pérez (Harvard University), Emily Maguire (Northwestern
University)
contact email:
kahlilchaar@fas.harvard.edu, e-maguire@northwestern.edu
Discourse – Journal for Theoretical Studies in Media and Culture Call for Papers

After Glissant: Caribbean Aesthetics and the Politics of Relation

Two recent events have left an undeniable imprint on the critical analysis of Caribbean literary and cultural studies: the February 2011 passing of Martinican writer Édouard Glissant, perhaps the most influential Caribbean intellectual in the last fifty years, and the June 2012 opening of
Caribbean: Crossroads of the World, an unprecedented, three-museum art exhibit in New York City that sought to showcase the cultural genealogies of the Antillean region and its diasporic offshoots. Throughout five theme-based segments that examined aesthetic creation through the frameworks of race, ethnicity, nationality, geography, and popular culture, Crossroads of the World follows a deliberately fragmentary structure that echoes Glissant’s ideas on the Caribbean. Instead of experiencing the exhibit as what he calls in Caribbean Discourse “the linear, hierarchical vision of a single History,” spectators were confronted with an accumulation of
“subterranean convergences” that traced cultural continuities not only between the archipelago and the continental territories that constitute the basin, but also with the metropolis. Unsurprisingly, the exhibit catalogue's main chapters conclude with an excerpt from Caribbean Discourse. This textual fragment, which can be read as a memorial site in honor of Glissant,
marks the significance of his vision not only for the curation of the show, but for Caribbean aesthetics as a “whole.”
The spirit of Glissant continues to stimulate creative and scholarly work on the historical fragments and possible futures that constitute the Caribbean’s heterogeneous cultural singularity: from the violent shocks of colonialism and the slave-based plantation system to the also violent dislocations experienced and represented by its peoples under neoliberal capitalism. Yet while scholars and artists carry on creatively appropriating Glissant's theories, a new generation of cultural producers seeks to interrogate and transform the ways the region has been imagined and represented. Critical voices have also emerged from diverse fields to problematize the historical, cultural, political valence of Glissant’s work, especially his late writings, accusing him of abandoning the politics of decolonization he championed in his younger days and replacing it with an exclusively cultural and poetic vision.
Inspired by this debate and by how it performs ongoing tensions between aesthetics and politics within the field, we invite critical interventions that seek to analyze and explore Caribbean cultural production from the vantage point of this post-Glissantian moment. What is the relationship of the Caribbean to colonial and post-colonial studies? In what new directions
is Caribbean cultural production headed, directions that Glissant could not or did not anticipate? What new understandings can we bring to the Glissantian understanding of History, or to such terms as “relation,” “filiation” and “diversion” (détour)?
Articles should be no longer than 7,500 words, should be formatted according to the Chicago Style (Humanities) Format, and should be sent to both editors.

Deadline: January 15, 2014
Editors:
Kahlil Chaar-Pérez (Department of Romance Languages and Literatures, Harvard University)
kahlilchaar@fas.harvard.edu
Emily A. Maguire (Department of Spanish & Portuguese, Northwestern University)
e-maguire@northwestern.edu
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2012年12月20日

Chamoiseau


En matière de crime d'Etat,
la repentance est une élégance de l'âme,
une force de l'esprit qui englobe dans un même élan tous les états de la conscience.

Si la repentance affaiblit ceux qui la réclament (on doit se tenir très au-dessus des bourreaux),
elle grandit sans partage ceux qui peuvent la prononcer sans se sentir rabaissés ou honteux.

La repentance peut s'entendre car elle résonne toujours en pleine humanité,
et active ainsi pour tous une éthique renouvelée.

Ceux qui associent l'expression d'une repentance à de tels sentiments (honte, faiblesse ou tremblements)
sont encore victimes de l'orgueil colonial,
ou pataugent bien en-dessous des puissances et des sérénités de la haute conscience.

Face aux crimes commis en Algérie,
M. François Hollande a tort de croire qu'il y a dans la proclamation de la non-repentance une quelconque vertu.
Juste l'ombre portée (sinistre) de M. Sarkozy.

Patrick CHAMOISEAU
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